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10月の京都ひとり旅② ~大徳寺の龍・今宮神社の玉の輿~

10月の京都ひとり旅・3日目最終日です。

この日、まず向かったのは大徳寺です。

1年ほど前から、京都に来たら、
禅寺の龍の天井画を観るということをしています。

今までゲットしてきた龍の天井図をおさらい。

2014年 東福寺
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この頃は龍の天井図を意識していなかった頃ですが、
建物の中は入れずたまたま外から除いたところ、
見事な龍の天井図があって感動したのでした。
1934年(昭和9年)に再建されたもの。
堂本印象画伯の作品。

2017年10月 建仁寺

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2002年(平成14年)に建仁寺創建800年を記念して
描かれた、日本画家の小泉淳作画伯の作品。
この天井図が一番有名な気がします。

2017年11月 妙心寺

妙心寺
※撮影不可につき、HPから拝借しています。

1656年(明暦2年) 狩野探幽 55歳の時の作品。
自由に観覧する形ではなく、ガイドツアーのような
形で、スタッフの方が案内して説明してくれます。
分かりやすくて面白かったです。
「八方睨みの龍」と言われていて、どの位置から見ても、
自分を睨んでいるように見える龍さんでした。

2018年10月 大徳寺 ←今回

大徳寺
※こちらも撮影不可につき、HPから拝借しています。

1636年(寛永13年) 狩野探幽 35歳の時の作品。
通常は非公開ですが、今回は、特別参拝期間に
重なったため、見ることができました。

龍の天井図は、近年に何かの記念などで
現代画家により描かれたものと、何百年も前から
保存されているものと2種類あると思います。

たまたま、前回の妙心寺と今回の大徳寺は、
同じ狩野探幽の55歳と35歳の時の作品でした。
20年の人生の重みか、55歳の時に描いた
妙心寺の「八方睨みの龍」の方が迫力があるように
思えました。

さて、大徳寺まで来たら、ここから徒歩10分ほどで
行ける今宮神社もセットで参拝しておきます。

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境内にある、「重軽石」(おもかるいし)
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石を手の平で軽く三度たたいて持ち上げ後、
願い事を込めて手の平で三度なでて持ち上げてみて、
軽くなっていれば願いが成就すると伝えられています。
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参道にある名物の「あぶり餅」も必ず頂きます。
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参道の両脇に2店舗あるので、両店の
客引き合戦もある意味名物ですね。。

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ここでは、「玉の輿お守り」なるものが販売されています。
なぜ、今宮神社で玉の輿なのかというと、
今宮神社のHPの説明より抜粋 ↓

徳川五代将軍綱吉公の生母桂昌院は、
一説に西陣の八百屋に生まれ、
その名を「お玉」と呼ばれたと伝えられます。
三代将軍家光公の側室となって綱吉を生み、
その後、将軍の生母として大奥で権勢をふるい、
従一位の高位にまで昇り詰めた事から
「玉の輿」の言葉の起源ともいわれています。

初めて知ったのは、今から15年以上前にいた職場の同僚が、
「今宮神社に参拝して、玉の輿お守りを買ってから、
本当に一流の男性ばかりに出会うようになった」
と言っていたのがきっかけです。

彼女は、玉の輿お守りを購入した後、東海地方では
泣く子も黙る!?T自動車勤務の人と知り合い、
その人の紹介で、いわゆる一流企業の方達と
知り合うようになって、元彼は、謀国内最大手
広告代理店勤務、当時お付き合いしていた
今は旦那さんとなった方も、一流大学卒の
茶道の家元の家系ということで、
彼女がそれを言うのはとても説得力がありました。

そのため、その話を聞いていたメンバーと、
すぐに!京都に向かい今宮神社に玉の輿お守りを
買いに行ったのでした(笑)
その後もあと1回ほど、今宮神社に行って
玉の輿お守りを買いました。

だけど、結局、私は玉の輿にも乗っていないし、
結婚すらしていません(笑)
なので、今回のかなり久々に訪問した今宮神社では、
特に良縁祈願もしていないし、玉の輿お守りもスルー。

・・・だけど、だけど、今気づいたのですが。
あの頃は、私も派遣社員で特に自分の収入が
増える見込みがなかったので、
誰か安定収入がある人と結婚して、
自分は適当に好きなことやって
生活できたらラッキーくらいに考えていましたが、
その後、その派遣社員として勤務していた
一部上場企業で社員となって、一般職→総合職となって、
それなりに安定収入を得て、
収入が増える見込みもできて。
自分で自分を玉の輿に乗せた?ような感じで、
玉の輿お守りの効果はあったのかも!

今宮神社の玉の輿お守りについての説明も、
前述の内容に続いて、下記のようになっています。

桂昌院は故郷を忘れず西陣の興隆につとめ、
その氏神である当神社が荒れていると聞くと、
今宮神社再興に社領百石を寄進して社殿を修復し、
四基の鉾も新たに作られました。
その由来にちなみ、感謝を忘れない
心暖かな幸を願うお守「玉の輿守」をはじめ、
縁結のお守も授与しています。

玉の輿お守りは、玉の輿にのるためのものではなかったのですね。
うん、「感謝を忘れない心暖かな幸を願う」気持ち、大切にしたいですね!

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